11世紀~12世紀までの間には、クメール族がアンコールを遷都し、国土の大部分の覇権を制してました。
 この頃、東にベトナムの王朝、ベトナム中部・南部にチャンパ王国、チャオプラヤー川流域西にはドヴァーラーヴァティ王国、ビルマ南部にはハンタワティ王国、南部タイからマラヤ地域はシュリーヴィジャヤ王国が支配していました。

 チャンパ王国のチャンパ碑文にタイ民族のことを指している「シャム」という民族名があらわれています。
 ドラバラディはチャオプラヤ川下流域を中心に、ナコンパトムなどいくつもの堀で囲まれた都市を作っており、仏教を信仰する高度な文化圏が存在していたようです。
 シュリービジャヤは、スマトラ島からマレー半島に至る地域で海上交易を行う大乗仏教を信仰する国でした。
 クメールは、カンボジアのアンコールを首都として、タイ東北部はもとより13世紀はじめにはタイ全土をも支配していました。 その結果、現在のタイ王国にクメール美術、言語、宗教などの文化的影響をもたらしました。
 13世紀初頭にはタイ族がスコータイに最初の独立タイ王国スコータイ王朝を築き、以来、アユタヤ王朝、トンブリー王朝、そして現在のチャクリ王朝と4つの王朝がタイ王国を動かしてきました。